健康げんきエッセイ(3)別れ際の60秒
質問の時間
「何か聞きたいことはありませんか」
その後もしばらく診察室から話し声がするのですが、内容は聞き取れません。間もなくして、受診者は満面に笑みをたたえて待合室へ戻ってきました。検査成績がよかったのだろうか。それとも先生の最後のほめことばがよかったのでしょうか。別れ際がとても印象的でした。
このセンターに赴任した当時、私はどのように診療をやるべきか思案に暮れていました。たまたま先輩先生と一緒に健診に出かけることになり、先生はどのように診療をやっておられるのかと、失礼ながら、診察室の前で聞き耳を立てていました。そこで先ほどのような場面に出会ったのです。
まず感動したことは、診察を終え、データの説明のあと、質問の時間を用意しておられたことです。「聞きたいことはありませんか」と。そして最後にユーモアを交えて終わりにされたことです。
さっそく、私も診察の最後に60秒の質問時間をとることにしました。ところが2~3分、いや5分はあっという間に過ぎてしまいます。すかさず背後から、「先生、10人の方が外来で待っておられます」の声。「待っておられる人が多いので、まことにすみませんが、今日はこれで終わりにしてくださいね。」
心を温かくする笑い
「診察を終え、別れ際には、ひとこと印象に残ることばでほめなさい。それも笑顔で」。ある医療講演会で梶原しげるアナウンサーから教わったことです。年とともに顔の筋肉も硬くなってきます。小説「新平家物語」の作者、吉川英治さんは、顔の筋トレをしてから、人に面会されたそうです。
ともすると検査結果の悪い点にばかり矛先を向け勝ちでしたが、これからは良かった検査結果にも目を向けて、受診者とともに笑顔を増やしたいと考えています。
「ほほ笑みだけでは不十分です」
「こころを温かくする笑いをことばにして、他人をほめなさい」(高柳和江著 笑いの医力)。
昨今は新型コロナ予防にマスクをするので、表情が伝わりにくくなりました。笑みに加えて、ことばにすることがますます求められています。
一期一会を大切に
ユーモアや筋トレも大事ですが、受診者の満足を得るには、なんといっても医学知識の「引き出し」を多くして、いろいろな質問に答えられるようにしなくてはなりません。その準備のためでしょう、先輩の先生方は時間があるといつも医学書をひも解いておられました。
先輩の先生方は私にはまだまだ高嶺の花です。いま自分に出来ることは、診察とデータの説明のあと、最後の60秒を質問に応じ、受診者のよかったことを精一杯の笑顔で喜んで、一期一会を大切にすることと考えています。